味というのは、いろんな場面と一緒に、記憶しているようで。
昨年夏、斉藤農園さんから送っていただいた野菜を食べたとき、「わぁこの味だよ」。同じ有機無農薬の野菜でも、土地やらつくっている人、いろんなことで味が違って当然ですが、瞬間にして、葉の裏口に記憶が移ります。山のようにつまれたどろんこの大根やら、野菜たちを急いで冷蔵庫に移したり。筋だけ残して食べきった虫たちの満足顔に出会えたり!あんた緑だよ、身体が!
お客さんには見えなかっただろうそういう生産者さんとのやりとり。虫たちを一生懸命裏口の木々に移したり。懐かしい~。
先日は、パンを想い出しました。これはもう20年近く食べてきた人のパンなので、たまに想い出しては懐かしんでいます。入手は困難なので、思い立って、つくってみました。
もちろん、そんな大それたパンではなく、全粒粉のむしパン。ちゃんとしたオーブンもないし、ま、これでいいか。
確かこんな感じで、とこねていると、あ~あ、大失敗、レシピ通りに水を入れてしまいました。そうだった。道産小麦とか、国産小麦の類は水分が多いので、様子をみいみい入れなくてはいけなかったこと。結局はいい感じになるまで相当粉を足しました。
中華風の蒸しパンは、中国の方に教えてもらいました。もう、これは本当にはまりました。発酵した種をまた次の小麦に入れてこねとけば、ずっとその種はいきるわけですから。中国では、それを毎朝蒸して、朝食にするんだと懐かしそうにその方はいっていました。働きにでる父母の代わりに、子供とおばあさんがこねとく係だと。なるほど。
その彼女が、「うわぁ、この粉から水が出てくる~」と言って、粉を足していましたっけ。
せいろで蒸して食べるその蒸しパンは、本当にそぼくで、朝ご飯というよりは、朝のお茶のお供なのかもしれません。
全粒粉のパンはこちらではなかなか売っていないし、ようやくみつけてもあれこれ入っていて、どうしても満足できなかったんですが、全粒粉の蒸しパンは久しぶりに、ああこんなふうだと味わいました。
本当は、葉でも出したかったのですが、ティータイムのお茶と一緒に。
でも、粉ものをやっている時間があったら、長岡式酵素玄米を炊いていくミッションの方が重要だったので当然と言えば当然です。
先日、とある生産者の方から、チェルノブイリのチャリティーの方へと無農薬のお米をご寄付いただきました。
品種はイセヒカリ。コシ係のように過剰な糖分と粘りはありませんが、長岡式で炊いてみても、コシとは違ってまた魅力的な味です。硬派な主食がお好きという方には、チャリティー価格でおわけいたしますので、ご連絡を。(玄米です)
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