人生とはわからないもので、あっというまに料理の世界から離れて1年たってしまいました。
今でも、耳の中にさまざまな会話や長岡の玄米を炊いている音などがよみがえることがあります。
それでもようやく、事務仕事という苦手な仕事になれつつあります。(年明けにパソコンのスペシャルな人に来てもらって、楽になるソフトをいれてもらったせいもありますが)
昨年、ブログを書く時間さえなかった。葉のときよりも、自分の時間がなかったということにまず驚いています。
いちばん、書きたくてじっくり書けるときまでとっておいたお話をひとつ。
それは、仕訳事業などで問題になっていましたよね。行政法人のあまくだりのなんやらかんやら。入館数がどうだろうと決してつぶれないミュージアムがいくつか、このオホーツク地区にもあります。
その一つを訪れたときのこと。
ま、いちゃもんをヤクザのようにつけようと思えば、観る人のことを考えていない博物館なぞ、なんぼでも因縁つけられるのですがひとこと。縄文時代の遺跡の博物館なのに、発掘調査をしているパートのおばさんたちそのもののミニチュアコーナーが必要か。まるで、小学生の自由研究のように紙粘土でつくったような。発掘時の写真とまったく同じように再現されていたのだけれど、因縁つける前に、ふきだしてしまった。
そして、展示物をはりがねでかべにくくりつけている始末です。
そこで私は、やはり自分の衝動を抑えきれなくなりました。受付のおじさんは、入館者にまったく興味なし。入っているのは私ら二人だけ。今日は、そして明日も誰もこないだろうこの博物館の壁にはそうとう貴重なほりだしものが、むきだしでくくりつけられていました。「適当」なしごとぶり。
そう、ウクライナのチェルノブイリ博物館のように。放射能をまんまんとたくわえたペンチやらヘルメットが無造作にみなさんさわってくださいといわんばかりに放置展示されていたのでしたっけ。
さてさて、展示物に手を触れていけないのは、もう大人のマナーでしょう。これが守れないで、他の何を批判する。天下りの人々の心根をくさす資格などあるわけがありません。
頭の中はもうそんな考えでぐるぐるしていました。
ほんのちょっとだけ、できごころで。おじさん観ていないよね。
本当に胸がどきどきしました。そして‥。ごめんなさい。
石でつくられた斧、それらしく木の皮か何かで木のえだにくくりつけられて現代の斧のような形にされていましたが、もちろん出土したのは先の石斧の部分だけでしょう。
先に見てきた竪穴式住居などをみれば、木を切るための斧がなければできない技です。本当?本当にそんな石でザクザク木が切れるのか、疑い気持ちでいっぱい。そして、はるか昔、九州あたりの遺跡ではよくできた丸い石斧が出土して、それで木をくりぬいて船でやってきた人がいると。本当かなぁ。
石斧の刃先だけ、神様ごめんなさい。えいっ。すっとなぞってみました。
細い刃先。切れるかも‥。みがきあげられたんでしょう。ヤスリは何をつかったのかはわかりませんが。
一緒に出土していた黒曜石でつくった鏃などもよくみればりっぱなツルツル感、光沢感がありました。磨き上げられている。
あるパワーストーンの出店をのぞいたときに、やじり型の黒曜石に惹かれてついつい買ってしまいました。さまざまなパワーストーンの効能をチャネリングしながら話しているようなその店主に「これはどんな意味が、パワーが‥」「それ、武器でしょう。単に」
ですよね。黒曜石をたたいてやじりの形にしあげているのですが、私が惹かれたそのヤジリに比べたら縄文時代のそれのフォルムの方は、はるかに小さく精度が高い。
というわけで、そのヤジリを磨き上げようと、今年の目標(なんだそれは)にしたわけです。白滝というこのすぐ近くは黒曜石の産地だったらしく、縄文の彼らは、それをつくって売っていたんだと思いました。貿易品。今風にいうと観光みやげ。
オホーツクの縄文時代にはざっと数千年の間をおいて同じ場所に、竪穴式住居のあとが出ていて、両方展示されているのですが、両方の縦穴住居に特別な差は感じられませんでした。対して大集落でもない。冬暖かく夏すずしい究極のエコロジー別荘。たくさんのカキやホタテ、かにの海産物が採れることから、たぶん、観光地だったと。アイヌの人たちもアムールまで交易にでかけて行っていたのですから、同じような交流があったとしても不思議はないでしょう。夏場の交易のために、黒曜石をみやげもの品として加工していた人たち、夏、遊びにやってくるどこかの縄文時代人の別荘だったのなら、数千年単位で、そこに縄文遺跡があってもなんの不思議もない。
住むにはちょいとふべんかなと思うような場所でしたし。
そんな想像をしながら究極のエコハウス、竪穴式住居で息をひそめてみました。
私が縄文人なら、そんなふうに自由に暮らしていただろうに。
でも、なわばり争いしていたかしら。冬は沖縄で、夏は北海道、いいですよぉ。
もちろん、しばれ体験もしてみてほしいところですが。
エコハウスと言えば、友人が家を新しくするのに、太陽光発電にして、夏は北電に売電していると、鼻息も荒く、目を光らせて離していました。
原発反対運動などでは勝てるわけもないけれど、でも、北電に電気を売っている。それって北電に勝ったよね!オーオーと雄叫びをあげて、帰ってきました。灯油も買わなくてよくなったと。彼らのエネルギーから自由にならねば。
政権変わっても、核汚染に対して無防備・無策、無頓着、無神経・で悲しいため息です。
縄文時代の人たちが高レベル廃棄物埋めていたとして、それでも当時のプルトニウムはまだ四分の1にしか減っていない換算です。私らのやっていることが罰当たりとしかいいようがありません。
そんなお話を、誰もいない放置・博物館の遺物たちと感じてきました。
竪穴式住居、やっぱカーペット敷きたかったです。板間もあったみたいですが。
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