長岡式酵素玄米講習会

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Byfumi

半年ぶりの軌道修正。久しぶりに先生達にお会いできて、やはり、ああ、浮き世に流されてしまっていたと、反省しきり。毎回、肝に銘じているはずなのに…。
なるほどぉ。毎回同じお話なのに、やはり、忘れてしまっていて。
約20名の方達と一緒に玄米を食べて、漬け物を食べて、久しぶりの葉のように大量のお味噌汁をつくって、うれしい食事の時間でした。
葉の時は人数が多いので、ご飯も一口だし、お味噌汁なんておだしできませんでした。そういう意味では、ちょっとやりたいことをやれたので、うれしかったのと、札幌のみなさん、しみったれていてごめんなさいねぇ。みなさん、ああ、いいですねぇとおっしゃってくださって、ああ、やっぱりいいなぁと。こういうご縁でしたねぇ。
住所も名前も、聞かない(先生達には、講習に参加した印としてお渡ししますけれど)その時かぎりのご縁ですが。袖すり合うも多生の縁。
いつかどこかの人生でやっぱり、「同じ釜の飯」をいただいたのでしょうね。
これから旭川!と忙しく出発されていってしまいました。自ら求めて、求めて訪ねていく求道の道。先生の方から回ってきてくれる…なんてありがたいこと。
北海道は広いなぁとおっしゃっておりました。本当にありがとうございます。
旭川、札幌、伊達、池田町、札幌の順で回られる予定です。
長岡の方から、お知らせのハガキ入りますか?と以前来ていて出し忘れた方、お知らせが来なくなっているはずです。自分からコンタクトなさってくださいね。

まつり

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Byfumi

旧ソ連社会主義が隠して絶対、他の国の人たちに見せなかった世界。農村部。コルホーズとソフォーズだけ暗記させられた未知の世界。
チェルノブイリ事故のあとは、実際はほったらかしだったその農村部がもっとほったらかしになった。汚染されてしまったから。
さて、不思議なご縁でその土地にずいぶんと訪問させてもらったけれど、おまつりのことをちょっと。
たぶん、それはどこまでが伝統的で、社会主義的なのかもわからないけれど、昔は、もちろん、豊作を祈り神に感謝を捧げるための祈り。
その日、村中のおじいとおばあたち、そして子供達は、民族の伝統的な衣装を着て、村の大きな草わら(としかいいようがない)に集まってきていました。今日は村のおまつりなんで、村中がサウナを炊いているからあなたも村で一番大きなサウナにどうぞ!とみんな上機嫌でした。
サウナと言ってももちろん、自作で、焼けた石に水をかけて、白樺の木でしこたまたたかれる原始的なものです。
さて、日本のようにテキ屋もなく、いったいどんなお祭りかというと、とにかく、老若男女、たくさんのチームがアカペラで唄いまくる。アコーディオンもあるけれど…。照明もない真っ暗な草わらでそれはずっと続いていた。かけもちするおばあさんもいて、それは幸せそうだった。みんながちゃんと聞いていて。
この日のために、チームで歌の練習を重ねてきたらしい。察するに毎年同じ人、同じ歌、同じ服。
手作りのごちそうと、村中のはやないだ雰囲気と、今でも、それは脳裏にやきついています。放射能に負けたくないという思いが、誰の言葉にも出さないけれど、伝わってきました。国に捨てられた人々の最後の祈り…。
よさこいでがんばっている人たち水をさすつもりもない。でも、まつりはナンのためにやっているのか忘れたら、絶対、豪奢になっていき、ブロードウェイのように、みなプロ化して、金をかけるほど、味がなくなっていく。みんなが元気になるためのものだったと思ったけど、もう学校の先生たちがつくりあげる学芸会のよう。
味のある手作りのグループがいなくなって、残念ですね。田舎にきて、しみじみ思うけど、あんな大人数の踊り手を集めるのは田舎には無理ですねぇ。人があんなにいるのが異様に見えました。昨年は何とも思わなかったのに不思議なものです。大漁旗をファッションのように掲げても、空虚に思えてきます。デザインだけが子孫に受け継がれたか。和のデザインは包容力があり、シンプルで応用しやすい。
神のいないまつり…。まつりなんだけど、お祭りじゃない。
なんのためか…いや、はじめからそんな意味なかったのか。そんなことも世の中多いかもしれん。
意味が無くても、踊って楽しければそれでよし。
かっこよりも、心がこもっていることのほうが大事だけど。誰も気づいてくれなくてもよし。見えない世界でちゃんと受け取ってもらえるし、ずいぶんあとになってからだって、ひょんなことから観ていてくれる人もいたんだと思うこともあるもんです。自分がそのことがらに心をツクした人がいないか、いつもみてあげれば。
私もよく、見落として、勘違いしていたとわかってあとで、謝ったこともありましたなぁ。今でも。よさこいにももしかしたら、なんかあるかもしれんか。実は、日本人の底力が表現されていると思います。集団舞、一糸みだれず、集団としてやりとげる力。あれだけは他の民族にまねできない高度な技で、そのDNAだけは、本当に驚かされます。本当にすごい!しかも自主的であるという驚愕する事実。
集団の中での一体感、高揚感。北朝鮮の集団舞とはまったく違う。日本人のそのDNAを見せつけられて、はがみし、怖がっている国はここと、こことあそこと。日本人が知らないだけで。
そういう意味で、あれは防衛になっているのかも!
あれだけの人間で、あのエネルギーで自転車こいで発電してくれないかのう。それが本当の原始エネルギー!

憲法記念日の記念日

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Byfumi

先週の4月26日、今まで20年間、公的には(ブログではブチブチこぼしていましたが)、封印してきた、泊原発道民投票条例の問題を取り上げることができました。
もちろん、チェルノブイリの人たちの声をお伝えするのが私たちのボランティア団体の役割ですからイベントはそこに重点を置いていました。一旦事故が起こったら、個人の人生のそれまでの努力が無に帰し、人類の祖先から営々とバトンタッチされてきたDNAが放射能によりざくざくと切り刻まれ、子孫が残せなくなってきている。それがチェルノブイリで起こっていることです。それは医学の対象外の、手の施しようのない事態。そんな人々の声を伝えること。そこから一人一人が何が大切なことなのか感じて欲しい。
そして、泊原発の目の前の岩内町で毎日海温をはかりつづけていらっしゃる斉藤さんを迎えて、なんでこんな泊原発が動いているのか、そこでプルサーマルやろうとしている!海温上昇すると二酸化炭素が大量にでるけれど、高温の温排水が捨てられていく。水温に敏感なタラたちはもう深い海にもぐってしまったと。
30年間、毎日、あの冬の日本海の海温を計り続けてきた斉藤さんの涙に、どんどんイベントの中で自分がヒートアップしていきます。プルサーマルしたら、あそこにプルトニウム燃料500年置いて冷やし続けなければいけない。そりゃもう未来に対する犯罪ですよ。500年もつ建物なんてピラミッド以外知りません。
そしてもし、希望者がいるのなら…20年前の道議会の話を聞いて欲しい…。言っておきながら、20人ほどの若い方が残ってくださった驚き。20年待ってようやく話すチャンスが1回訪れた。20年前、道議会でどのように、泊原発を推進することが決まったのかというドキュメンタリーのビデオを見ました。もうこのあたりから、自分のエネルギーがどこかの火山の爆発のようにわきだし、吠えに吠えました。会場にいらしたかた、聞いてくださって本当にありがとう、そして、自分の思いのたけを押しつけすぎたかと、反省もしています。
そのビデオには、Sクラブの代表が、「横路さんは、本当は止めるつもりだったらしいけれど…」と、伝聞(デマ)を信じ切っている様子や、彼がまったく止めるつもりもみじんになかったようすがそれでもはっきり残されていました。知事が手を染めた議会工作。それをしなければ、道民投票の機会が訪れたのに…。たったの2票差で、廃案になりました。
道議会で審議されていたのは、泊原発の是非を道民投票させるかどうか、そういうことを認めるかどうか。つまり、道民の意見を聞くか否か。横路知事の決断は、道民の意見を聞かない…ということでした。投票したかった。本当に投票したかった。
そんなものを後世に残してはいけないと、心の底から感じていました。当時、チェルノブイリ事故が起こって2年後。ネイティブアメリカンのホピ族が、世界の終末がこのままではやってくると、やってきて、北電の建物の裏で、真っ白なガマの穂のようなものでタイコをたたいて祈りの踊りを捧げる…など今思えばありえないシーンも目に焼き付いています。(彼ら的には20年後の今、もう浄化の時代に入ってしまったから、洞穴に入ってさばきを待てのときだそうです)
そのビデオに「水面下でやることいっぱいあるわけさ〜」(自民党のおじさん)「世界ショック(食)の祭典の問題あってさ、経済界ともうまくやっていかなくてはならない…」(幌延出身の道議会議員)など、問題発言が記録されています。
議会で議論などされることなく、いわばリングアウトの議員控え室が現場となって、やりとりが行われています。
民主主義など、金持ちのやりたいことをやるための政治体制、目先の利益しか見ないのだと喝破して、日本への導入を遅らせ暗殺された大久保利通の、先を見る目に脱帽です。
北電、自民党、たくぎん、社会党、横路知事。これが、私の一生の敵。そう心に決めたのは20年前。そんないったいどうやって復讐するのか、できるものでもあるまいに。
たくぎんと社会党は自滅。自民党も風前のともしびに。北電は今年は赤字でしたね。北電社員たちの、健康志向、うちのお弁当を注文いただいた時点で勝ち!だとマリカさんはなぐさめてくれましたが。北電だけはつぶれずに、泊の管理を永遠にし続けてもらわなければならない。
残るは横路知事とそれをまつりあげて、正義の味方である自分たちに満足して政治をしている人たち。吠えに吠え、興奮状態で北見に返ってきて、驚きのチラシが目に入りました。
憲法の日のJC主催のタウンミーティングが北海道は北見で、なんと例の元横路知事が参加するという。
あの道議会でなんにも自分の意見言わないで、主婦達に勘違いさせてのちのちの自分の政治生命を残した知事の最後の姿を20年前に見て以来。
20年後のナマ横路氏。私の考えた作戦は、生卵をぶつけるという姑息なものでしたが、効果もないということで、家人に反対されました。(新聞に載ることが目的ですが、それさえもカットされた場合、まったく無意味な拘置所ぐらしだと。でも、悔しい思いがフツフツとわきおこる)
憲法改正反対の横路氏の主張を聞いていて、なんだかなぁ、こんな人を20年間も敵と思っていたんだとがっかりして力が抜けてしまいました。頭は石より固く、60年前の憲法をひたすら一文の改正も行わず、守りきることが彼の正義なんだと理解できました。ああ、そうか。環境よりも何よりも、憲法なのか。
生存権の拡大解釈で、環境も守れると、彼は言う。「守れなかったじゃん!」あのとき、泊が止まっていれば、六カ所も止められたし、プルサーマルもなかった。幌延の怪しい動きもなかった。彼の考える民主主義には、道民の意見はいらない。彼に押しつけられた憲法の枠でものを考えさせられ、縛られるのはまっぴらごめんです。
そのとき、心の中で卵をずっと私は投げつけていました。本当にくだらない。敵だと吠えたところで、何もすることができない。あまりにかけ離れた存在で、だからこそ、彼は私たちを無視できたのでしょう。
一緒に来ていたパネリストのPHP研究所の人の方がうんと、憲法のことを勉強していて、日本の憲法が古くて時代に合わないことを、論理的にそして、本当に今のままでは日本を守れないと心配していました。(同じように世界から戦犯と位置づけられたドイツでさえ戦後50回以上も憲法を変えているそうです。時代性も必要でしょう。)その人が愛しているのは日本だから、日本を守るためにそういう柔軟な発想が出てくる。バンデミックに対応する憲法がない。
憲法愛して、道民愛していない人を、国会に送る人たちもいる。この人たちにいたってはもう、救いがたいドグマにしばられている…。また、むなしい思いで、会場をあとにしました。
そこに参加していた人たちなのでしょう。障害者の生存権について、障害のある発音でたどたどしく語っている会話を聞いて、涙が出そうになりました。彼らが選ぶのは、憲法を拡大解釈しまくって、障害者の生存権を保証してくれそうな人なんだろうな(明記せずともいいと横路氏は言っていましたね)。私にとって、極悪人でも彼らは、そういう人たちの温情にすがるしかない。弱者の立場でいなければ彼らの正義感に、興味を持ってもらえない。
政治家とは、なんでもないことを立派に語れ、民主主義を唱えることで人々の意見を聞いている人のようにふるまえる能力なのだと、そういう意味で彼は政治家なんだとしみじみ、思い至りました。
わずか1週間で、20年に一度のできごとが2回も起こった。話せなかったことをおおやけに話せたこと、敵と思った人間のナマを見たこと。
(どうして20年も封印してきたのかと言えば、原発を反対するふりをして、実はそんなことどうでもいい。政治に利用してきた人たちが、チェルノブイリの子供達の活動をつぶそうと、私にケチをつけるためのネタを待っていたからです。寝た子を起こすな…と。チェルノブイリの子をつれてくるな…という。ちなみに驚くことに自民党ではない。子供達を守るために10年待てと言われ20年。もう言わないダメです)
次のチャンスはまた20年後なのか…。それでもチャンスがあればまし。
何を選ぶか人生で迷ったとき、愛のあるほうを選びましょうね。
ときにはそれは厳しい道に見えるかも知れないけれど、誰かのドグマにとらわれるよりよっぽどましです。
ある若い人が、20年前のビデオを見て、はっきり言いました。「20年前彼は、知事として、人間としても、間違ったチョイスをしたんですね」
感情的に恨み辛みのない若い人の方が、まっすぐに受けとめられたようです。
憲法の守護神だろうと、20年後の人間からみれば間違ったチョイスでしかない。道民への愛より、経済。道民への愛より放射能を選んだ。昔の人間を過ちを責めても、時間を戻すことはできない。
同じ過ちをこれからの人間達は、もう、せぬように。
(もう一人、憲法の守護神で、国民を売って、拉致問題を無視し続けて引退したおばさんもいました。家族会はついぞ彼女の悪口など言わず、横田めぐみさんのご両親も、胸をえぐられる毎日ですが、愛を持ってしてあえて、すべてを天にまかせているようす。)
彼も又、魂の真の姿は別に持っているのかと思うとねぇ。それとこれとは関係ない。憲法を守ることが日本を守るというドグマに汚染されるのも、彼の良心が響いたからこそ…なんだけど。なんだかなぁ。それって共産主義圏の工作員が、日本人を闘わせないために、学生運動しているような人たちに工作しまっくった功績なんだと、よくわかるから余計悲しいんですよね。
旧ソ連と中国行けばわかります。
憲法に、原発作るときは、道民投票、県民投票させろ!と明記してくださせぇ。拡大解釈無しで。障害者の生存権も、老人の生存権も、派遣でいとも簡単に首切りできないように、新しい憲法に明記したほうがいい。JCの若い実業家のみなさん、気づいて下さいね。ビデオ送ります。
若人たちに、愛と人生を楽しめる環境を残す責任が、大人達にはある。

チェルノブイリデー

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Byfumi

閉店、引越というドタバタで調子を乱していましたが、4月に入るとようやくマイペースになれました。
一つは、自分で看板を消してきて、けじめをつけたせいもありますが…。
NHKの教育テレビ、つけたらよく、うつの特集をしているのを、よくよくみると、あれ過労によるうつ、というのをやっていました。これだ!自分の心がまだまだお店に残っているせいだけではなく、れっきとした仕事のしすぎ。そう事務!
家族が新しく始めた仕事を手伝うといっても、接客ではなく、まったくの事務仕事のせいで、朝から晩までエクセルをみてるようなことも。土・日の休みもなく…。もちろん、ちんぷんかんぶんで、エクセルの使い方の本を見ては悪戦苦闘する場面も。「今までよほど頭使っていなかったんだなぁ…」と、うれしくない評価も。まったくそう…ですね。
そういう右脳系は。葉でどんなに働き過ぎでも、そんなふうにならなかったのはやはり、好きな仕事をしていたし、お客さんと話してること自体が楽しかったわけですし。
機械相手じゃねぇ。そんなわけで、このごろ、そんな心の病の人がふえているとしたら、やっぱりパソコン相手ばかりの仕事じゃ、神経がボロボロになってしまうわけですよね。というわけで、まじめになりすぎず、ちょっとさぼるコツをみつけましたよ。(これはナイショ)ウシシ。
そして、来週の日曜日、4/26チェルノブイリデーに、札幌で私たちのボランティア活動の報告会を開く予定です。
いよいよプルサーマル始動!???という足音を聞きながら、やっぱりチェルノブイリで起こった悲劇をたった一人の人にでもいいから、聞いてもらいたいと思います。私も鼻の穴を広げる勢いで参加の準備しています。主催:チェルノブイリへのかけはし、活動報告会
「チェルノブイリ23年とプルサーマル、放射能の2万3千年の情念、〜人間が放射能に勝つ!ことができるたった一つのもの〜」
時間は、午後1時開場、一時半開演。夕方4:30まで。会場は札幌市民ホール(北1西1 会費1,000円)
そのあと、マル秘の第2部として、「ビデオ学習会、どうして泊原発投票条例は否決されたのか、2票差の謎」をゲリラ的に開催します。
北海道で反対運動しても反対運動しても、それを最後の最後で、身内からつぶすミッションを持った人たちがいる。だったら、どうしたら、それを覆すことができるのか…。これは特に若い人に観てもらいたい20年前の記録の映像です。
この地球に起こった最悪の核の事故。市井の人々がどう乗り越えてきたのか、きいてほしい。頭の上から放射能がふってきたとき、すぐ癌になって死ねるわけではない。苦しんで苦しんでさまざまな不調で生き続ける方がよっぼど苦しい。マスコミがチェルノブイリを癌の人数でしか語らないことが、ムカっと来るんです。そんなこと正確に把握できるはずもないのに。たとえば、100人とか5000人とか具体的な数字を聞いたとして、受け取る側がへぇ〜多いなとか少ないなとか、それしか感じなくなってしまう。その一人が亡くなれば、残された子供達や奥さんの苦しみがどれほどなのか、わからないまま、事故がわかったかのようになってしまう。そんな知ったかぶりの人間ばかりがすごくいやだった。みんな、同じ地球に生きているのに、まるで、他の星からつれてきた評論家のような。私はそういう人にあったら、こっそり薬を打って、朝気がついたらチェルノブイリの汚染地に放り込まれている…ということをしてやりたいと、何度思ったことかしりません。相変わらず、暴力的な妄想ですね。
だから、私たちのお話を聞いて、チェルノブイリを体験してもらいたい。放射能を食べることがどんな気分か味わってほしい。
いつも、チェルノブイリの汚染地から北海道に帰ってくるたびに、まだ大丈夫だった…と、ほっとする。
プルサーマルやると決めておいて、クリーンな北海道宣言をして、観光でやっていくという。
このブログで前にも、プルサーマルの専門家委員会のことを書いたかも知れませんが、民主主義のいちばんの隠れ蓑はこの専門家委員会というのをいっぱいつくって、そこで専門家が話し合った結果なのだ…という押し付けです。手続きは、民主主義的にやればやるほど、大多数の意見を無視することができる。専門家のチョイスの時点でどんなかたよりがあっても、そう決めたことを覆すのは本当に難しい。
北大の工学部の先生が、犬だってプルトニウムを食べたって大丈夫ですよ。便で出て行くからと、堂々と言っていた。じゃ、あんたもプルトニウム食べてみたら?事故が起こったときにまっさきに逃げるのは、あんた!私はこの人達の名前を覚えていて、絶対に、忘れない。
私はみんなの意見を代弁します、できるんです…という人間がいたら、そういう人間には気をつけたほうがいいんです。賛成・反対どちらのほうでも。気持ちが悪い。私のこの気持ちを誰が代弁できるのか、ヒーリングなんぞでイヤされるわけもない。
だから、自分で言いたい。
こんな感情ぶちまけで、書いていますが、当日は、冷静に話さねばならないというミッションがあり、それだけでへこたれそうな私です。そうでなければ、感情の垂れ流しは聞いている人が迷惑だそうで。
そんなわけで、ここまでおつきあいで読んでくださった方、どうもありがとうございます。ぜひ、いらしてくださいね。

ゴッホの愛した浮世絵展

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Byfumi

とある組合の人たちが働きもせず、組合の活動にでていて、給料をもらっていたという、ああ農林水産省でしたが、話を新聞で見ました。
こうしてまでした組合の活動とはいったいなんだったのでしょう。平和を守れ!と叫んでいるわりには、日本の組織を腐らせて、平和を乱している。社会保険庁のときもそうでしたよね。
救いは、本人たちがいいことをしているという動機だけでしょう。善意。でも、ならばこそ国民の税金を盗むに等しい形でやらなければいいのに。こういう組織犯罪から、抜け出す勇気を持っている人などいやしない。特に、日本特有の集団の圧力から。赤信号みんなでわたればこわくない真理で。なんて、関係ないかと思いつつも、やっぱり、20年前の泊原発の道議会の汚いやりとりを思い出して、何とかしなければ、彼らが日本を壊すんだけどね〜と。
といいつも北見でのんびり、バスに乗っていて、あまりに空がきれいな青空で、窓から見とれていて、降り損ねてしまいました。停留所の一区間が長い!トボトボと戻ってきている間も、それでも、やっぱり空が吸い込まれそうに本当に気持ちいい。
その青さをどうやって表現して良いのかわからない。前に源氏物語のことをチラリと書きましたが、昔の人たちが色によびなをつけていて、青にもいっぱいいろんな青が名前がある。ふとしたことから、ある雑誌にちらっと載っていました。この水色、そうそんなあじけないよびかたではなく、「浅葱(あさぎ)色、これだ!」だと、自分で認定。
「はやりの色」とか一昔前の色とか光源氏が女の人の着物のことをあれこれうるさく言うのがなんかあほらしいと思っていましたが、考えてみれば、あのファッション雑誌もない時代に、やはりはやりの色などがあったということを考えるとおもしろいものです。ちょっとしたことからお雛さまの三人官女の顔に傷がついてしまい、大慌てでネットで探したら、ちゃんとそういう職人さんがいて、治してもらえることになりました。お人形の重ね着の色のすごさも驚きですが、こうしたセンスもまた、驚かされますよね。
葉でたびたび、浮世絵展を開いてくださったお客さんが、浮世絵展を今週開いています。
3/14(土)〜3/22(日)札幌市教育文化会館4階ギャラリー
3/22(日)14:00〜16:30 五井野正画伯札幌講演会「ゴッホが書いた日本文学の解読」(教育文化会館4階講堂)
学生の頃は、なんでこんなふうに面長の変な顔ばかり…と浮世絵のそんな部分にしか目がいきませんでした。正直。そんな面長の顔の人なんてそうそういないし。
けれど、よくよく見ると、着物の柄、手ぬぐいの模様やそのしばりかた、背景、レイアウトなどどれをとっても、現代のアートに劣らない。こんなすごい文化をどうしても、後世に伝えたい。と心から思うようになりました。色の数だけ、同じ版を彫り上げる技術。
小学校でみなさん、彫刻刀をさせられたと思いますが、そもそもアメリカなどではやらないそうです。へぇ〜。って、版画ということさえ、説明するのがむずかしかったですね。
大雨の中の橋の上を人が走っているさまも、まさにこんな細く彫り残すなんてどんなだと、当時の職人さんの、掘っている顔まで想像してしまいました。
ところが、浮世絵の彫り師は彫り師の中でも、地位が低かったというのですが、それも驚きです。いちばん上位は欄間の彫り師だったとか。
当時、百万人の住む都市で、糞尿、紙、ゴミすべてのリサイクルが完全になりたっていたのは江戸だけと聞いています。
代官も手下は2名。けんか両成敗の徳川幕府の政策のもとで、あこぎな真似をして、農民からさからわれたら、手下2名ではまず身を守れないし、両成敗で処分される運命。だから、強権的に何かをするというよりは、結構、地元民との話し合い重視だったようです。
そんなわけで、水戸黄門のドラマの、いつも庶民は泣く泣く…というのはちょっとウソですよね。あれだけの浮世絵文化を出せる社会というのは相当、人々が文化をおおかしていなければ、出てこない。今の日本のように…。確かに身分制はありましたけれど、権力者悪、庶民良という構図をたたきこもうとする、共産主義工作ドラマだと、にらんでおります。そう、労働組合は仮想敵をつくり、国を批判して、国民の味方は自分たちのように、スタンスをとっていますが、実は、国民の小判を働かずにせしめているのは、組合なのです。それで悪代官と手打ちするのが彼らのやりかたですから。おしおきが必要です。ってまたそこに話が言ってしまう。
浮世絵はいいよぉ。ヨーロッパの人たちがまず最初に、陶器の輸入の際の緩衝材としてぐちゃぐちゃにまるめられた浮世絵をみつけてぶっとび、ゴッホが日本に行きたいと渇望した。そう、そういう文化の方が平和をつくっているじゃないですか。愛と友情がなければ、平和などできやしないのに。
さて、3/22日の五井野先生というかたは、前から私も一度お会いしてみたいと思っていた方です。私の理解では、株か何かであっというまに、財産を築いて、浮世絵のコレクションや、政界、財界、いろんな国の文化人との交流をしている成功者という感じです。
よくありますよね。思い描いたとおりに人生そうなると。そういうスピリチュアルのまんまの話の人だなぁと思っています。ロシアつながりですから、ぜひとも聞いてみたいですね。
もし、講演に興味のおありのかたは、葉の紹介でというと講演費用を割引していただけるそうですから、ぜひご一報くださいませ。今回は先生の貴重なコレクションも出るそうです。講演の内容は、ゴッホの人生と芸術と日本人の感性の関係性について語られるようです。
私たちのDNAに、イラスト好きがしみこんでいるから、日本がアニメ大国としてやっていける。朝飯、昼飯のように、200年前のアートも芸術もまた重要な栄養源。200年たっても残っている自然色(当時は化学薬品などはありませんので)をどうぞ。
私も講演を聴きに、久しぶりに札幌へ出ます。浮世絵好きの方は会場でぜひお会いしましょう!

町内会レストラン

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Byfumi

新しいところで新しい形の酵素玄米のお店を引き継いで下さる大潟さんという方がみつかりバトンタッチして、いよいよ閉店準備。葉がはじまってこのかた経験したことのない大忙しの毎日…の中で、もう一つ、新しい産声をあげたものがありました。
それは、「町内会レストラン」が、葉の居抜きで始まるというものです。
それはもう、閉店4日ほど前のできごとで、雪がふった日。おかげさまで上へ下への大騒ぎの毎日が続いていたのに、雪が降ってタイヤを取り替えなければこれないようなそんな日。少し、静かな店内に、「この人が片岡勝さんです」と知人と一緒に入ってきました。
片岡勝?どっかで聞いたことある…って、あのハイハイ第三世界ショップやら昔昔やってた人ですね。はい、もう学生時代の頃にそんな東京でおもしろいことやっている人がいると。通信読んでいたなぁ。それってある意味、伝説のカリスマでしょう。
そんな方と物質次元でこのメチャ混乱と混沌の時期にお会いできるとはうれしい限りです。さてさて、今は市民バンクというものをたちあげて、あちこちの市民活動に資金を提供して、いろんなことをやりたい人たちを日本全国サポートしているそうです。
そんな彼が、札幌に来日中に、うちの閉店のお話を前日に聞きつけ、「町内会レストラン」をここで始めたいともうその日のうちに大家さんをくどいて、事業をスタートし始めました!
自分で、自然食店をやりたいけれど、資金がないとか経験がないから不安とかそういう人の研修センターにもなるそうですよ。今までできなかった農と街を結んでいく野望も持っています。応援してあげて下さいね。ベジタリアン食じゃないけれど、ちょっと興味津々ですね。
東京あたりじゃ市民バンクが貸せば、銀行が貸してくれるそうです。へぇぇ〜、やっぱり東京はすすんどるんじゃのぉ。おらびっくらこいた。
こんな不況の時代に、いい話じゃないですか。
大資本の時代は終わり、これからは自営業といっても、八百屋さんとかそういう小資本の時代に入っていきます。人間の悪さしないでまっとうに商売していける範疇で。
そんなわけで、葉らしく、閉店しながら、もう新しい開店の準備です。
おかげで、荷物を閉まっている間に、研修センターのボランティアさんたちが、どんどん掃除をしてくださって…。
かたづけしながらお昼ご飯の時間は、いっしょに葉の冷蔵庫に残っていた物を、新旧のスタッフで、食べていろいろお話を聞いています。
明日、葉でシンポジウムあるらしいですよ。うちの大家さんと私もおよばれしているんですけれど、どんなことが始まるんでしょうね。
みなさんお楽しみに!始まったらぜひ一度、のぞいてあげて下さいね。

ファイナルパーティ

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うちのお店から北に6丁。若い人たちのお店、アジトさんが、うちのお店のファイナルパーティを…と声をかけてくださいました。
彼らは、最初の長岡の講演会を中の島のお店で聞いたから…というただそれだけで、ご縁を大切にしてくださっています。
でも、はっきりいって、お世話になっているのはこちらなんですけど。葉の看板周り、引っ越しするにあたってどうやったって、60万くらいかかるところを彼らがあれこれ人を紹介してくださったり、治してくれたりして三分の1くらいの出費で済んで…。
そんな彼らが北見にいく、新しい出発とスタッフさんのご苦労さんのために…と最終日に「葉」でうちあげを…と企画してくださったのですが…。
せっかくだけど、やっぱりそんなこそばゆい。身体のために玄米を食べにきてくださるかたに、ご迷惑をおかけしては…と、うちでは最後まで普通営業したい。
うちのお店でそんなことしたらしんみり泣いてしまいそうで、それもちょっと心配でした。そんな弱みみせられません…て。
それでわがままを言わせていただいて、最終日の翌日の24日月曜日、心をばっさりきりかえて、「アジトさん」を会場にしてみんなで葉の打ち上げをしてくださいとお願いしました。ぜひ、一つの食のお店の同窓会のようなお気持ちでご参加くださいませ。人数にかぎりがあるので、お手数ですが、事前にご予約をお願いします。(アジトさんでもうちでも電話はOKです)
虹の祭りの若者たちも、そうですが、もう私たちの魂と違う魂が地球にぞくぞく誕生していますね。
もしかしたら、効率社会にはまったくむかないかもしれないけれど、心を優先する。じわじわと効いてくる漢方薬のような。一歩一歩ゆっくり階段をあがってくるけれど、彼らが40代くらいになったとき、あったかい社会をつくってくれるんだろうなと、期待しています。
彼らのなんというか、そういうやさしさに今回は、負けました。お心に甘えます。ありがとうございます。

たっぷりの精進料理教室

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葉での最後のまり先生の精進料理教室でした。
二日間、たっぷり先生の料理を味わいました。本当に料理はその人そのもの…なのだとしみじみ思いました。不肖の弟子の私でしたが、やはり先生がこの人生にいてくださって、本当に良かった。
心から尊敬できる師匠が欲しい、と天に祈ってください。私、まだ二十代後半だった頃、やはりなんでもいきづまって、つまらない。大人がつまらなくって、こんなヤツ!(ナマイキにも)と思う人の理不尽な要求にあまたを下げなければいけないことが、本当に悔しかったものです。だけど、そこを突破しなければ、道も開けない。強行突破?苦労しますよね。こうして、ここから人生の師を…と叫んでから次々と長岡の先生、藤井まり先生、柿沼和尚など、心の師を得ることができました。も私も、年をとって、そのような先生達がどんな人にもあったかく接する姿をみて、自分の目線で腹をたてていたけれど、当時の大人達が私に伝えたかったことやその人の事情なども冷静に見えるようになり、自分がなんて心の狭い、思い上がった人間だったのか、反省することばかりです。
こうしたお師匠さん達はみな、ほんとうに直感に基づいて行動していますし、物質主義者ではないので、言葉が心にしみてきます。それでいて、この身体を使って、あちこち回られる…行動派ばかり。
まり先生も、イタリア、フランス、アメリカ、シルクロードなどなど日本の精進料理で世界を相手に、駆け回っています。年に何冊も本を出して、新しい視点をどんどん、示してくれます。本当にありがたいことです。こうした二日間どっぷり一緒にいられて、鎌倉の不識庵の空気を思い出していました。サザンの歌に歌われる江ノ電乗って、迷いながらもたどりついた稲村ヶ崎の海岸。これから始めるお店に対する不安と、海の大きさが重なりあって、じりじりとする緊張感でいっぱいでした。
でも、まだまだ注目を集めていなかった精進料理を教え続けてこられた不識庵に出会い、その店がはやるかはやらないかではない。と気づいたのです。たとえダレからも注目されなくても、それが大切と思ったらやればいい。それで、お店が亡くなってしまっても、自分がやりたいことをやったら後悔しない。そう覚悟ができたように思います。
心から先生に有り難う、そして、二日間にわたって料理を一緒にできたみなさん、本当にありがとうございます。あたたかい時間でした。

鬼退治

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Byfumi

チェルノブイリのことでロシアに行ったとき、こんなふうに社会主義が崩壊するのかぁと思いました。実際には人々の生活はあんまりかわらなくって、権力者が一時的にいなくなってしまっただけでした。
人々は思いっきり政府の悪口を言って、これまでのウサをはらしているようでした。年金はルーブルの価値が一気に下落して無価値に。不幸中の幸いというか、社会主義は家だけは、配給されているので、給料がでなくても、とにかく人々はのざらしにならなかったし、現実には彼らは政府からの給料でたいした生活をしていなくて、自分たちでほとんど食糧を確保していたのには驚きました。畑を耕したり、川で魚をつって…。
そのとき、ふと、資本主義が崩壊するときはどんなだろうと思いました。崩壊したとき悲惨なのは資本主義のほうかもしれません。ロシアの人々は給料が半年もでないと怒っていても、彼らは家があるから…。では、私たちはどうなってしまうのでしょう。まず、大量のホームレスですよね。今、それらが崩壊しかけるのがよくわかります。
株やら政治やら好き勝手なことをいっぱいしてきた人たちのために、地獄の釜の蓋があいて、鬼が出てきている…と、とある方が言っていました。そして、政財界のお掃除。
今までの生活を今までのように続けられることが幸せでもない。ものすごいたくさんの貧しい国の犠牲の上になりたっている幸せなどニセモノ。くだらないゴミのような食べ物を食べず、まずは健康であってほしい。お金がまったく役に立たない時代が来たら…。大地とつながっている人ほど頼もしいことはありません。長岡があれば、おかずが買えなくても大丈夫!
お店の最後に飾って…とお客様が持ってきてくださった浮世絵は3枚組で、お題はなんと「豆まき」。退治すべきはまず、自分の中の鬼。
さあ、鬼退治です…。

バトンタッチ

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Byfumi

二日間にわたる長岡式酵素玄米講習会が終わりました。
約100名近くの方が玄米の炊き方を真剣に受講されていました。この人の流れのうずというのは本当にすごいですよね。洗濯機の中で動いているようなものでただただ、回っているしかありません。
先生たちはうちの講習を終えたら走ってJRにのり旭川へ、そしてまたその日のうちに札幌にもどり、アジトさんの講演に。
あんまりかわいそうだから、うちがなんとかできないのか…と周囲の方から言われました。すべて、スケジュールは先生が決めていて、うちは先生が言えば、すべてその通りにする。うちの都合ではないんですよというと驚いている人がいました。先生がそれがいいと思っているのであれば弟子なんですから、なんでも「はい」で。
葉を始めたときに、一緒に手伝ってくれたOさんも最後の講習だからと来てくれました。はじまりの挨拶のときに顔を見ないようにして…。号泣してしまいそうだから。でも、やはり私たち二人のご縁なのでしょう。JRに走っていく先生をちょうどかえろうとしていたOさんが車で札幌駅まで送って。ああ、完結したんだなぁと不思議な感慨で見送りました。
さて、すごい熱気。先生の講習を聞いてあらためてすごいことだ。先生たちも、何よりも、余計なぶれがない本物まるだしですからねぇ。うちがなくなるということはまずい。これまでかかわってくれたスタッフから、やはり思いは同じですから、ミニ葉をという手が二つあがりました。もちろん、今は決意の段階。うちは役目を終え、エネルギーが、札幌市内の個々へパトンタッチされていくのを感じました。
それがとてもうれしいことです。葉の長女と末っ子。気の早いお客さんは、連絡先と営業日を…と問われましたが、まずは講習会の会場デビューから。もしかしたら、でもあっというまにできちゃいそうな勢いでした。葉のジャーたちも、またお客様のために活躍できそうです。
葉っぱちゃんたちをどうぞよろしく!