まちにまった長岡式酵素玄米のお店が8月8日開店予定!となりました。開店して下さるのは大潟広子さん親子。札幌の宮ヶ丘1丁目。地下鉄西28丁目駅から徒歩五分のところです。
詳しい時間帯など、チラシができてきたらまたお知らせしますね。
オープンの最初の週は混み合って大変だと思いますから(長岡の玄米は4日間かかりますので一度に大勢でいくと大変です)、どうかみなさんお誘い合わせて、ずらしながら、毎月何回でも行って応援してあげて下さいませ。お客さんの顔を見るのが、いちばんの応援エネルギーになるのですから。大潟さんのお人柄を知っていらっしゃる方はもちろん、一日も早い開店を!と望まれていることでしょう。
お店の名前は「広」。8月8日のすえ「広」がりで縁起がいいですね。
なんだか、これで肩の荷が本当に降りた感じがします(って新しいお店の準備のお手伝いは全然できていませんが)。
炊き出し部門は、葉のスタッフだった黒島さんが「優アース」として引き継いでくださっています。SOSの方はどうぞご利用ください。
先日、放浪の旅の途中でマリカさんの手相占い、半年ぶりくらいに見ていただきました。やはり半年ぐらいで手相というのは変わるものだそうです。言われてみれば微妙にそんな線がなかったように思いましたが。
葉はおかげさまで大きな店舗でさせていただきましたが、これからの時代にあわせて、身軽な店であちこちで、長岡式を食べられた方が良い。確かに!
こちらに来て、月に一度くらいは大自然に触れるような機会がありますが、本当に圧倒されるくらいの大自然ぶりです。阿寒湖の湖の真ん中でカヌー指導のお兄さんが、コーヒーを入れて奥さんが焼いてくれただろう堅焼きのケーキのようなものを入れてくれました。雄大な雄阿寒岳と朝靄で、そこは本当に静かで美しく、圧倒されて。
でも、やっぱり堅焼きのケーキがあるのが人間の文化なんだよなとしみじみ感じました。うまい!
こちらに来るとみんな札幌は良い街でしょうとその人気ぶりは圧倒ですがそれはやっぱり、文化の刺激が適度で心地よいのだとよくわかります。先日、恵庭の斉藤農園さんが、野菜を送ってくれて、「おおおぉぉ(ドラマ神の雫風)これは懐かしい斉藤農園さんのトマトの味」と感動していました。
ちょいとバタバタしていたお店ですが、そのちょっとした空間で出会ったお客さんのことをなつかしくあたたかく思い出せるようになってきました(悲しくならずに)。その出会えた場、飯!元気な野菜たち!笑い、空気、人間同士が出会うと、何かが生まれる。それを文化というのならば、葉も札幌の文化のはしっこをちょっとウロウロしていたかしら。大自然に癒される、圧倒されるけれど、でも、やっぱり人間は、何かを作り続ける存在で、それはちっぽけなものかもしれないけれど、そういう刺激がうれしいのだと、しみじみ感じているこの頃です。
新しい産声をあげようとしている「広」。どうか、応援よろしくお願いいたします。
って、なんかくすっと笑ってしまうのは私だけでしょうか。
でも、本当にがんばっている助産婦さんが、前から北見で講習会を開催したいと思っていたそうです。そこにたまたま私が助っ人で入ったような感じですが。広いエリアのことですし、私もまだ知り合いもいませんので、連絡を受ける係だけに徹しています。
もしも、このエリアの方がいらしたらぜし!、連絡してください。6/16(火)10:00〜。場所は、地区会館のようなところなので、連絡してくださったら説明します。
まるで、初心者のような気持ちでドキドキしています。だから、くすっと笑ってしまうのです。
家と職場の往復で、知り合いと言えば、さびれた商店街のおばちゃんたちしかまだ顔見知りではないし…。玄米なんて、興味ないだろうし。ここまで広いと興味のある方達との出会いというのは、もう、ありえないですよね。イベントといえば、なぜか焼き肉の街ですから。
先日、商店街のスーパー(一応)に入ったら、めずらしくサザンのメドレーが流れて、なんかなつかしい「おおっ!都会的」な雰囲気をちょっと感じていました(笑)が、ふときずくと客の平均年齢はみな60〜85才といったところ。あまりに長く流されているサザンの歌など、誰も知るよしもないだろうに。そのミスマッチぶりに、この曲かけている人間は客のためでもなく、単に時間つぶしに自分の聞きたいものかけているなぁ、あととりかなんかだろうか…などと、思って笑いながら出てきました。
以前に、老人が黒山の人だかりになっているお店のこともチラっと書きましたが、先日、このお店が、夏祭りで使うような大太鼓をだして、ガンガン打ちまくっていました。祭りばやしとは不思議なもので、通りでうちまくるその初老の店長とおぼしき人間の鬼気迫るたたっきぷりと、その異様なオーラにどんどん人が吸い寄せられていく。シャッターしめているお店がたくさんあろうとおかまいなしの家族・親族力を合わせた接待ぶり。ここまでやったら、見えてくるものもある。
いや、ここまでやらなあかんわぁ、と根性みせられた感じです。
なにかで落ち込んでいる方、大太鼓ですぜぇ!
長岡式酵素玄米のお店をどうか残して欲しい…というお客さんの声に、答えてくださった大潟さんのお店の準備がはじまってきました。
開店は7月になると思いますが、いよいよです。がらっぱちの私と違って、どこか優雅でやさしくて、品のある大潟さんの多くのファンの方もいらっしゃると思います。断食合宿で有名ですね。もう少し、開店の日程や住所、電話番号、お店の名前など具体的な事項を発表できるようになるまでお待ちくださいませ。
先日、柿沼忍昭和尚から突然お電話いただき、葉でつかっていたあの長いひらひらとしたのれん(4枚はぎのをお返しいたしました)をそれぞれ、分けて、タペストリーをつくったから、一枚、進呈してくださると。自分の人生の一つの大きな、思い出とよぶにはあまりにも、自分にとっては重責すぎたかもしれません。そのタペストリーは、天からのご苦労さんの知るしだと理解しました。
結婚して20年、チェルノブイリ訪問は20回以上、お店も約9年、と好きなことを腹一杯させていただいた自分としては、夫が自分の夢を実現するときが来たので、これは北見に一緒についていくしかないと、閉店させていただきました。
でも、やっぱり、閉店してしまって、心苦しい思いもずっとありました。閉店したあとのお店にお客さんが行ってくださっていると聞くと、どうかもう少々お待ちくださいませ…と。
今思えば、閉店したあたりから、ものすごい経済変動も起こっていましたから、今年の冬は営業が厳しかったかも知れません。そのような意味ですべて神しくみ…なのかも。
ブログでは、パソコンのうちこみが多いとかうんぬんと愚痴めいたことを書いていますが、実際、家族に奉仕してこなかった罪滅ぼしが、できる機会があるのは、ありがたいことだと思っています。(普通の人と順番が逆かも知れないけれど)。先日、大学生の娘と食事をしていて、ちょっとその食べ方何よ!と注意したら、「いつもお店にお母さんが行っていたせいで、一人の時間が多かったから。育て方が悪かったんじゃない?」と軽口を叩かれてしまいました。娘的には、軽い口答えとイヤミだったのですが、さすがに、ぐうのねもでず、「私の育て方が悪かった〜。」とおいおい泣きながら謝って、さらにひんしゅくをかってしまいました。実際そうなんですよね。今頃、たべかたうんぬん注意すること自体がおかしい。
昔、娘が覚えたてのパソコンで、スケジュール帳というのをつくってくれたことがあったのですが、それは水曜日だけ、幅広で。「どうしてかわかる?水曜日、葉が休みだからたくさん、いろいろスケジュール入れようね」(まだ小学六年生だったから…かわいいですよね)。今でも、私の宝となっていますが、夫にもほとんど同じような思いをさせてしまった。まるで父子家庭のように。そんなわけで、奥様修業1年目からですねとお客さんに言われた通り。手伝っている事務の仕事よりも、この長い時間の穴埋めをできる機会が本当に大切だと感じています。
チェルノブイリ事故で、とにかく、強烈に感じたことは、身近な人々(家族や友人知人)との愛情とかふれあい意外に大切なものはないということです。困ったとき、悲しいとき、押しつぶされそうなとき、人は愛情でしか立ち直れない。多くの避難民の人たちが、できるだけ残された時間を家族と一緒にすごそうと苦心していたことをいつも思うのです。お金があっても、どんなに、救われないか、いやというほどみてきました。そして、本当に極限まで身体が壊れた方は、酵素です。酵素玄米…そう、自分の娘がアレルギーで救われたと同時に、人類は最終的にはこの酵素玄米でしか救われないかも知れない事態に遭遇するかもしれません。いつも、そのことを考えています。
微生物のつくりだす酵素で、放射能に傷ついた遺伝子を修復するものもあります。だけど、微生物は波動で反応しますよね。だから、EMの悪口を言う人には近づくなと、江口さんがおっしゃっていました。EMの波動はすごいから、その恩恵を受け取れない人は波動が低い!と。今思えばすごい厳しい表現ですね。でも、私も実感します。
花咲じじいといっしょです。悪いじいさんは、灰は灰。いいおじいさんは…花を咲かせて…。だから、長岡式の玄米を炊くことそのものが修業のようなのかもしれません。
炊いた人の波動だよと、先生はおっしゃっています。波動も変動しやすいもの。そんなわけで、人間的にも、思想的にも波動がぐっとバージョンアップした新しいお店がもう少しで登場です。どうかお楽しみに。
でも、葉で出会った皆様も一緒に働いてくれ苦労をかけたスタッフもみな、もう一つの家族のように思っています…。みんなが元気でいてくれることが、願いです。(天皇みたいな挨拶・笑)だけど、本当の気持ちです。だから新しいお店ができることは本当にうれしいです。
今週は札幌とその周辺の市町村の講習会の週だそうです。葉のスタッフだった黒ちゃんも発寒地区の責任者となって、大盛況だったと元気な声で教えてくれました。わぁお、講習会か…なつかしい。
不思議なもので、十数年前、私にある知人が「そんなチェルノブイリなんて何回も行ってたら20年後は癌で死ぬね」と言った人がいました。あっ…と、心を閉ざしてしまう瞬間。その人が嫌いとか好きとかそんなことでもなく、普通思っていてもそんなこと言わないでしょう…と、そのときはカチンと来たのでしょう。
今思えば、その人なりに心配を伝えようとしてくれていたのかも知れません。
その知人が癌になっていると人づてに聞いて、そのエピソードを思い出しました。運命の皮肉とはいえ、間違いなく、私が元気でいられるのは長岡のおかげだとはっきりわかっています。
確かにそう。チェルノブイリに行くようになって、身体が起き上がれなくなったこともありました。重くて重くて。腰がまがったおばあさんのように…。ある方(Aさん)が、それは大変だと心霊相談につれていってくれた。
ここまで読んだ方は、それ方向違うでしょ!と思いますよね。放射能が体内に入って強烈な酸化を起こしているのですから、病院?ま、病院でも治らないけれど。対処法としては違う。でも、そのときはあまり考えもせずに、ついていきました。そしたら、私をみれくれたその心霊の先生は、Aさんをこっそりよび、「あの人に無数の霊がついていて、全然答えてくれない。誰もみな話さない。先祖は極悪人か」ということになったそうです。
それを聞いて、私は「ロシア人の霊?つれてきちゃった?」というわけで、般若心経を写経して家の四隅に埋めることなどを指示されましたが、外人の霊じゃ…ね。お経も読めないでしょう。(ていうか写経がとてつもなく面倒に思えて。治そうこの性格)
そんなわけで、体調がすぐれないときでも、長岡の玄米を食べていれば、やはり、身体に力が入って、背中が重くなるようなことがなくなってしまいました。こっちが元気になれば、あちらさんたちも成仏したんでしょう…と私は思っていますが。
チェルノブイリに行っていたからこそ、わかったこともある。もしも、何もしていなかったほうが、いきあたりばったりの自分に、何も枷がないわけで、大病していたのかも知れないと、ふと考え始めました。
知人が病気を怖がらず、健康を取り戻してくれるように…。
講習会を開催してくれている人たちもみな、そんな思いですよね。そして、先生達も。日本中に広がれ〜!
来週、長岡の講習会が札幌などでありますよね。
「長岡のご飯をお店で出すのに資格がいるんですか?」という質問がありました。
あるわけないのだけれど、資格をつくっている人がいる!というのも実は本当です。
長岡先生がまだご存命中に、直接炊き方を聞いた…方(ややこしい話です)が、講習会の開場を提供している各地の方に、資格制度を導入していく「あいのり」制度もあります。
ここまで読まれた方は、何それややこしいと思われるかも知れません。私も最初は理解できませんでした。
長岡式の講習会は、協力者の自宅やお店などで行われることが多いのですが、まれにそこの主催者に「資格」をとれる話を持ち込む人がいるらしいのです。そして、資格をとれるように参加者をつのる…。で、そこで講習を受けた人は、長岡の講習を受けたとも勘違いまでしている…人がいました。
新井先生は一笑に付すという感じです。本物だけが残るから…って、そんな、ありもしないできたてほやほやの資格にお金払っている人がいるとしたら、残念です。
これまでにも、釜とジャーだけを売る軍団とかありましたが、結局、みんな続けられない。4ヶ月に一度先生達が回ってくることで原点に返ってみな続けられる。長岡式酵素玄米とはそういうものです。
新井先生は、そういう別ルートで長岡を炊き始めた方々のホローもされているようですが、どこまで、寛容なんだかっ!と思うときもありました。愛とは…おこらず、許し…などなど、聖書に書いてありましたが、実践そのもの。
長岡の場合、資格は自分の心が自分に出す以外ありえないかもしれないと私は思います。だって、お客さんで炊いていた方々も、みな自分の炊いている玄米に厳格でした。
どうしても、自分の玄米と向き合わざるを得ない。それが本当のおもしろさだと思います。
カウントダウン…今日は大通のカウントダウンなんて、スタッフの女の子が言っているのを聞けば、おせちのあとようやるなぁ若いなぁと思っていました。あまり実感わかなかったけれど、お店のカウントダウンはやっぱり実感わきます。
営業できる日が一日、いちにち減っていく…。ひやぁ〜。スタッフもだんだん疲れが見えてきて、休ませてあげたいなと思っていたら、旧スタッフがとびこみで入ってきてくれるなど、骨接ぎみたいな感じです。
仕込みだけは、キラしたくない!のが今の、私の願い。最後の玄米、6台と思っていましたが欲をだして、7台炊いたら今までにない大失敗をしました。最後の最後に、大反省…と落ち込み。
もう一つの楽しみは、アジト2・チキデキのうちあげです。最初はなんだか気恥ずかしかったのですが、やはり、普通営業の最後だけで終わってしまえばもう、燃えかすであしたのジョーですが、ちゃんとお別れ会を気づかって用意してくれたチキデキちゃんに感謝感激です。
とはいえ、とうとうみなさまに連絡しきれないまま、今は暴走列車に乗っています。オープン前、看板やら内容やらお世話になったアイヌアートの結城さんに打ち上げ来て下さいねと連絡したら「うたいますか!」と一言。そして、アメリカンフルートの小野さんも!ほい、アジトでミニ先住民族音楽サミットです。こりはもったいない。アジトのあのレイアウトで、どうやって、やるのか…。おまかせ派というのは楽しむだけですから、気楽なものです。ぜひお気軽に!(用意の都合がありますのでぜひご連絡を)
さて、店をこのままにするのか!とお客様から叱責の数々を承り、日々、もんもんと暮らしておりましたが、とあるお客様が「新店舗のお金を出すから、葉を残していって欲しい」という提案がございました。この!不況のおりに…。しかもこのお客様は現店舗の改装費を出資してくださっているのです。「いや、前の出資金は今はとりあえずかえしてもらわんで結構」と。ここからが本当に大変です。
箱をもし用意してもらえても、肝心なのは人間です。
料理ができればいいというものでもない。私が始めたときはもちろんそんなことを考えても居ませんでしたが、考えさせられるものでした。
うちが一度移転をするときも、長岡の新井先生が「どこの場所へ行ったって、いいんだ。あんたの人格が問題だから」グサっとささるようなことを相変わらず、手裏剣のように。しみこむ言葉をいただいて…。
「人格」。この不況で、新しい場所で、展開することに耐えられる人物。勝手に白羽の矢をたてて、お願いしました。自分で9年間やってきて、楽しいけれど、それにもまさる孤独(自分とむきあわなければいけないことが多いので)も伴う仕事。
「収入にはまったくならないけれど、長岡のご飯を食べ、心と体の健康の話をする場を残してもらえないか」という前代未聞のお願いに、答えて下さる方が登場しました。
そして、その方がお店にお料理の引き継ぎに来ているときに、まったく考えられないことですが、長岡式の酵素玄米の若先生ご夫妻が突然いらっしゃったのです。「もう最後だから…」とうちのご飯をわざわざ召し上がりに来て下さいました。というわけで、ちゃんと若先生の前で、バトンタッチの儀式も終了です。ひぇえ〜、なんか長岡の神サマが動いている〜。
今の場所は私がいないのなら、契約し直さなければいけません。でも、家賃が少々高くなります。もう少し、家賃のお安い場所を探して、そこで、あたらしい長岡式酵素玄米のお店を始めることになりました。
でも、準備に少し時間がかかりそうです。春…をめどに。
三度目の正直、新しい場所で。そこで断食道場もできるような(トイレ3つ必要)、地下鉄から近いところを探しています。
いやぁ、ずうずうしいけれど、伊勢神宮におちつくまでウロウロした故事を思い出しましたよ〜。ヤマトヒメ降臨!というイベントしたせいでしょうか…。
今日炊く、玄米で最後の玄米になります。これはアジトさんの打ち上げパーティに持っていこうと思っている分。夕べ、お店の最後の分を炊き終えました。
シーンとしたお店の中で炊く方が実は安心。営業している中で炊くときはものすごい緊張感です。みながちゃんと炊き終わるのか、どうか。ちょっとした電話や、やりかけの仕事などなどで、席を離れたとたんに、勘違いが起こりがちですから。
時間のたつのはあっというまで9年もたってしまうんだぁとしみじみ。
藤井まり先生の季節の精進料理の本が届きました。
(「鎌倉・不識庵の精進レシピ 四季折々の祝い膳」 野菜だけでつくる、精進おせち&祝い料理112レシピ)
という長いタイトルの本ですが、静かな店内の中でじっくりご飯が炊ける間にしみじみと。今年はおせちができませんでしたが…、日本人がお祝いの気持ちをあらわそうと昔から工夫してきたこと。苦しい生活の中のそうした気遣いは、家族をどんなにか楽しませてきたのかしら…。
うちなんて、乱暴で玄米さえあればいいでしょうみたいな、ノリに本当に家族に申し訳ないな。写真をみていると、ああ、こんなふうなお膳は贅沢ではないけれど、食べたいなと思うお料理ばかり。
まり先生の味を思い浮かべ、アジトさんのパーティに何かつくっていけたらなぁと思案しています。
でもまずあと4日間、無事につとめあげられることが最後の願いです。最後の一人まで玄米を切らさないでお渡しできることが…。
なんて心静かに迎えたのに!ナニ、これ!
雪がふっている。今年は雪かきなしで、いけると思ったのに。
やってくれます。
藤井まり先生のご主人の故・藤井宗鉄和尚が「一つの膳に天地を盛り込め」という言葉をおっしゃっていましたが、今日のお膳はどのように…。
せっかく買った長岡のセットを友達にあげてしまって…。でも、今日食べてみたらおいしいからまた食べたい…というお客様がいました。
急いで講習会にもう一度出てみて下さいね。
なんか炊いているうちに食べたくなくなる、あきる…というのは、恐らく我流になって、発酵が変わって味がつまらなくなってしまったのではないかと思います。
というのは、ちょくちょくそういうお話を聞くのです。
するどい人は、おかしいなと思ったらうちにすぐ食べに来ていただいて、やっぱり違っていると、炊き方を確かめにいらっしゃる方も…。
自分のことですから、どこまで高めていけるのか。毎日おいしい風に炊くには本当に、努力がいります。
季節によって水の量も違ってきています。今は、新米になって、お水の量を減らし始めなくてはいけませんが、一気に減らすのではなく、だんだん少なくして、様子を見ていく。
塩の量も、勝手に少なくなっていく。
そんなわけで、四ヶ月に1回先生たちが来て下さることは、自己流に陥った自分のリセットができるチャンスです。
わかったような口をきいて、「この頃波動が変わってきて、長岡がいらなくなってきた」なんて小娘がいると、暇があれば正座させて、説教したいくらいです。お店ではあんまり暗黒面がでませんから、ニコニコ笑って聞いていられるんですが…。
自分に長岡が届けられるまでの開発者のエネルギーや労力、日本中を回っている先生達の努力ほどの足下にも及んでいないくせに。なぁにが波動だぁ。どれくらい正確に炊けているのか、考える視野がない。
そうかと思えば、「一升ではなくて、半分でできるって●○さんという人がいるって聞いたのですが…」というご質問。知りません。そういう人が、自分で開発したかのようにテレビに出たりして、「食べやすい玄米」なんですなんて、メジャーデビューしていくことも重々ありますよね。
長岡の先生たちは、そういうのは、もう笑って許しているわけで。「いや、うちの会員さんなんですよ〜」って、いたって穏やかで。
知っているんですよ。そういうやり方は長くは続けられないということを…。
長岡のジャーが大きいには理由があるわけで、それを便利に半分にしてやりましょう!という誰かが出てきてもおかしくは、ありません。そういう人は恐らくそういう人生を歩んでいくんでしょうね。便利で簡易な道へ行けば、自分が軽々しく扱われる人生になっていく。
毎回、講習を受けに来て、自分を高めていらっしゃるかたにはかないません。葉での最後の講習会。駐車場は使用できませんが、誰かといっしょじゃなきゃ…なんて、ことではなく、自分のために、どうぞ、いらしてくださいね。
だんだん高齢になってくると、消化機能が落ちてきて、それでも血糖値のことを考えると、白米よりは…。
普通の玄米は、歯が弱っているので、食べられない。そういうときに長岡の玄米は重宝しますよね。
先日、ある老人施設に入った方が、施設の食事が高カロリーで、主食をうちのご飯に変えたいから送って欲しい…という相談がありました。もちろん、送料の関係もあるし、ちょっとずつ送ってもねぇ。もともと長岡のジャーをお持ちだったので、自分の部屋に置いて一升送りますかと、やはり試行錯誤が出てきます。打ち合わせのときにご家族の方も一緒に来たけれど、最後の一言が出てこない。他人事で聞いているような感じ。結局、何度も試行錯誤することに決まって、ご老人は帰って行かれました。かわいそうに…。
別の幸せなご老人は、「娘がいつも自分の分の他に私の分をたいて、持ってきてくれるのよ〜今、娘が忙しいから買っていってあげたいわ〜」。
家族というのは本当にむずかしいものですし、その家族がどれほど玄米を大切に思っているかも違いますからね。最初のご老人の場合は、「そんな玄米、玄米ってさわがなくても、お店にだまされているんじゃないの?」なんて、ご一緒についてきた家族だったのでしょう。
そんなに食べたいのなら、私が炊いてあげる…その一言が出てこない。
玄米ではなくて、食べたい人にとってはそれは「愛」そのものです。
最後まで元気でいたい…そのご老人の願いがかないますように。
スタッフ一同、やりとりを聞いていて、ちょっとさみしかった一幕。
それとも娘さんに、余計な一言を私から言って欲しかったのかしら…。
固くなる…長岡の場合乾燥しているのですが、乾燥する前にジャーに炊きたすのがいちばんですが…。
ちょっと乾燥気味というふうになれば、マイブーム的にはこんなおじやにしています。
まず、ぬるくしたダシの中に、ご飯をいれてゆるゆるとあっためます。
とうふと、キムチ(あるいは辛みの味噌)、ネギ、ニラ、厚揚げの焼いたのやら、海苔などを入れて。あまり辛いとピッタがあがるので避けるようにはしていますが、暑いとなんか食べたくなってしまいます。
もちろん、味噌汁に入れて同じようにしてもおいしいです。おかずいらないですよね〜。
あまりに、長岡は乾燥がもどりすぎた場合、水分含んでどろ〜んとしてしまいがちなので、味にちょっとアクセントを入れると、食べやすいかと思います。お年寄りにはいいと思います。
よくお年を召した方に固くなったらどうしよう質問されるので…。
乾燥しすぎた場合は、ほとんど戻らないのでミルにかけて粉にして携帯食にして、旅行先で水やお湯をいれて3分おけば、インスタント長岡で、便利ですよ。