善玉菌の死滅
 三七才の夏の朝、突然病気がやって来ました。起きがけに頭痛と同時に呼吸もできない、はき気もする。自分の身に何が起きたのか理解できず目の前は真暗になり、この苦痛が通り過ぎるのを横になりジッと待ちました。その時間はとても長いように感じました。このまま死ぬのかとも…でもほんの数分数秒の事だったように思います。少し落ちついて冷静さを取り戻してもはき気と頭痛は取れず、熱も三九℃あります。夫がすぐ病院に連れて行ってくれて、検査の結果、髄膜炎とわかり、そのまま入院し、一週間で完治しました。
 髄膜炎は治ったのですが、ここから病気の連鎖が始まったのです。入院中、他の感染を防ぐために抗生物質が投与されました。これは一般的な処置でどの医者もそうするそうです。
 でも結果的にこの抗生物質が腸の善玉菌を死滅させ、黄体ブドウ球菌だけが生き残り、腸全体にまんえんし、擬膜性腸炎という病気を引き起こしました。血便が出、熱も上がり、通院では不可能という事になり緊急入院し抗生物質の最強、バンコマイシンが投与されました。 
 この直後、バンコマイシンによるアレルギー症状が出て、全身がふくれ上がり、呼吸ができなくなりショック状態陥入りました。医師の早い手当でショック状態からは抜け出せましたが、腸のブドウ菌を死滅させる為に、とられた処置が、絶飲食療法でした。

医師への不信感
 それから三ヵ月続け、どうにか腸はきれいになりましたが、食事を取る事ができなくなりました。胃腸がまったく動かなくなってしまったのです。結局食べられず、その後も三ヵ月入院することになりました。担当の医師は、「いろいろ薬でしてみたがこれ以上は無理なので一度精神科を受診してみてはどうか」と提案されました。この時、初めて医者に不信感を持ちました。
このまま入院し続けると精神病にさせられてしまうという危機感から、夫に進められ知り合いの鍼灸院に、病院から通い始めました。
 鍼をしても一向に胃腸が動かないので、「栄養」と「気」がまったくないため、治療には限界があると言われ、幾寅にある漢方の診療所を紹介されました。ワラをもつかむ思いで、また、病院から通院しました。
 処方された漢方を飲み一週間が過ぎた頃から少しずつ食事が取れるようになり、これならと六ヵ月世話になった点滴の管と別れて退院したのです。
 それから二週間に一度幾寅まで五年通いました。食事もでき、曲りなりに生活できるようになりましたが、頭痛、肩こり、食欲不振、嘔吐は治らず、一週間に一度はダウンしていました。
 前の入院のことを思うと前進はしているのですが、なかなか改善されません。漢方の先生もいろいろ試してくれるのですが、体質を変えることはできませんでした。

健康合宿
そんな時、夫が甲田療法の話を聞いて来て、直感的に“「これだ!」”と思ったそうです。
 私は最初はそれほど、乗り気ではありませんでしたが、「やる前に結果を出さず、ダメで元々、やってみる価値はあるのだから、よくなろうという気を失わず、前に向かって行こう」とはげまされ、やる決心がついたのです。
 今年の7月に大阪から甲田先生、中西先生、谷口先生が帯広にいらしてくださり、5日間の健康合宿が始まりました 初日の甲田先生の診察はとてもシンプルなもので、両手を見せて”“本当に体の弱い人ですね。生まれつきだから、これまで、ずいぶんと辛かったろうね”“良くなりますよ。この療法を頑張って3年間続けなさい。そうすると生れ変わりますよ”そう言われて、何をする事も半分、あきらめていた私に明るい未来か開いたようでした。

バケツ5杯の宿便
 その後、具体的な療法に入り、朝のスイマグ(天然原料の水酸化マグネシウム)、そして、青汁と飲み進んだ時、その青汁の強烈さに胃腸がロックしてしまい、頭痛、はき気が起りダウンしてしまいました。はいても、はいても、はき気は治まらず、頭痛もひどく、のたうちまわっていました。中西先生と谷川先生が手当に来てくださって、お腹に手を当て「気」を送ってくれたり、足を持って金魚運動をしてくれたり、胃のムカつきを取る為に塩を大量に食べたりという手当によって少しずつ胃腸が動き出し、病状が楽になってきました。 それで少しずつ重場を食べてみたりするのですが、食べるとすぐ胃腸がロックしてしまいます。この繰り返しが4日間続き、その間絶食状態ですから危険という判断から、行き付けの医院で点滴をしてもらいました。合宿に戻ってから4日間便が出ていないので、腸を洗浄してもらい、便を出してもらいました。そうすると嘘のように頭痛、はき気がなくなり、重場も食べられるようになりました。5日目にしてようやく脱せられたのです。
  甲田療法はとてもシンプルで基本は、朝起きがけにスイマグを飲み、その後、朝は青汁のみ。昼、夜2食で、玄米と豆腐(半丁)のみです。個人個人処法は違うのですが、私は養生食というものです。
 その他に体操とか温冷浴とかもあります。人に話をするととても辛そうに見えるそうですが、私にとってはあの辛い日々に戻るよりはずっと快適です。
 この療法を初めて、三ヵ月が過ぎました。宿便もバケツ5杯ほど出ました。長年苦しんでいた頭痛、肩こり、はき気は嘘のように起きません。

二つの大切なこと
 病気をしてわかったことが二つあります。一つは、病人という弱者の立ち場に立った医療情報がこの世の中にとても少ないということです。私は幸いに夫が既成概念に取らわれず、何であれ良くなれば良いという考え方の人だったので、西洋医学に見切りをつけ、東洋医学や甲田療法に行きつけたのですが普通は見切りをつける勇気がもてません。西洋医学に不振を持ったとしても他の選択肢がない状況では、すがるしかありません。納得できないまま受け入れるしかありません。そうならないためにそれぞれの病気や体に合った治療法が受けられるような状況提供、心のサポートなどができるシステムを早急に確立することです。
 そしてもう一つは家族や回りの人の理解とサポートです。私は私以上に夫が病気に対して理解してくれていたので、子ども達や同居の母、実家の母、友達など皆やさしくサポートしてくれました。ですからあせらず無理せず、ウツ状態にも陥らず、病気と向き合えたのだと思います。
甲田療法に出会うまでの間は家族にとっての私にとっても出口の見えない辛い時期でした。体調不良で倒れた時、皆でかわるがわる全身をマッサージしてくれたりと迷惑をかけました。でもいつか良くなることを信じ、誰ひとり私をせめることもなく、接してくれました。そんな家族の支えがあったから今があるのだと思います。

治すのは自分
私は病気になってたくさんの人に出会い、たくさんの心に触れ、お世話になり、励まされました。感謝、感謝の日々です。今となっては、病気にも感謝したい気分です。
そして、自分の体で健康を感じる喜びを知りました。以前はいつも体調が悪いので、何を食べても体に良いのか悪いのか感じる事ができませんでしたが、今は体に必要のないものを食べると肩こり、頭痛がしてきます。自分でチェックできるようになりました。
 食べ物が自分の体に大きく影響していたこと、薬では決して改善することができなかったものが、自分に合った食べ方ができるようになると、健康な日々を手に入れられるのを実感しました。体の基本は食べ物。
だから、治すのは自分自身なのだ、と良くわかりました。

少食合宿に参加して 帯広市 佐藤美恵さん
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